書籍「ルールズ・オブ・プレイ(上)ゲームデザインの基礎」の個人的メモ〜第8章から第10章まで


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ゲーム製作者必読の書と言われるルールズ・オブ・プレイ(上)を読んで、個人的に感じたことなどをメモ。後で見返した時の個人的メモなので、いろいろと変なところもあるかもしれませんが、ご容赦くださいませ。

書籍「ルールズ・オブ・プレイ(上)ゲームデザインの基礎」の個人的メモ〜はじめにから第3章まで
書籍「ルールズ・オブ・プレイ(上)ゲームデザインの基礎」の個人的メモ〜第4章から第5章まで
書籍「ルールズ・オブ・プレイ(上)ゲームデザインの基礎」の個人的メモ〜第6章から第7章まで

第8章「ディジタルゲームを定義する」

この章では、全章で提案されたゲームの定義とは別に、ディジタルゲームとは何かについて議論されています。執筆者たちは、その特徴として「即座で限られたやりとり」「情報の取り扱い」「自動化された複雑なシステム」「ネットワークによる通信」を挙げています。これらについて、アナログゲームとの比較を通じて解説しています。

キーワード:ディジタルゲームの定義、即座で限られたやりとり、情報の取り扱い、自動化された複雑なシステム、ネットワークによる通信

個人的メモ:ディジタルゲームの特徴って何なかなと、個人的にいろいろと考えさせられる章でした。ディジタルゲームは、コンピュータを使うことが前提条件とすると、それ自体も特徴の1つなのかもしれないなあと。
つまり、コンピュータを使うメリットそのもののがディジタルゲームの特徴にもなるというか。逆に言えば、コンピュータを使うメリットがなければ、ディジタルゲームとしては、あまり魅力的ではないのかもしまれません。
個人的にiPhoneやiPadでボードゲームをすることがありますが、その経験として、もっとも特徴的なのは、ゲーム時間の短さかなと。実際にボードゲームをする際と比べて、時間に差が出てくるポイントは、ゲームの準備、得点計算、AIの思考時間ですね。それらは、上記の特徴にも入っています。
あと、人気のボードゲームはオンラインで対戦者がいるので、いつでも対人戦ができるというのも良いところです。これも、上記特徴に入っていますね。
ただ、「即座で限られたやりとり」については、ディジタルゲームの特徴か?と言われると、少し疑問がありました。アナログゲームは確かになんでもできますが、それはルールが変わることにつながるので、それ自体、ゲームという枠を超えそうなきもします。つまり、限られたやりとりというのは、アナログゲームでも存在するかなという話です。執筆者たちは、プレーヤーが改変しにくいという点から限られたという点を挙げている気がしますが、そもそもゲームシステムを改変することは、そのゲームが異なるゲームになることを意味するので、ゲームとしては別のものと考えたほうが良い気もしています。加えて、ディジタルゲームでも独自のルールを変えて遊ぶことができますし。
また、単純に時間だけで考えるなら、超高速で動くことができる人間同士ならば、即座にという点も無理に入れる必要はないのかもしれないなあとか。また、即座にという点で言えば、コミュニケーション系のゲームの人とのやりとりはそもそも即座なので。
執筆者たちが言いたいのは、たぶん、入力に使うものが一緒、つまりコントローラーや、キーボード、マウスのことなのですが、このあたり、汎用性・頒布性・量産性などの点から入力に使うものが一緒になったわけで、専用コントローラーも作ることができますし、ディジタルゲームの特徴としては弱いのかなと思ったりしました。
あと、執筆者の方々はディジタルゲームの定義にこだわっているわけではないので、ある程度の方向性として示していると捉えるのが良さそうです。

第9章「魔法円」

本章では、ゲームと日常との違いにおいて、枠があることを提示し、ゲームにおいてその枠が重要としています。ゲームが行われている空間を魔法円(マジックサークル)と定義し、遊びとゲームの違いについて魔法円により境界を明らかにしています。また、ゲームにおいて重要な「楽しもうとする心構え」について言及し、ゲームというものに形を与えていきます。

キーワード:魔法円(マジックサークル)、信じる、ゲームの枠、楽しもうとする心構え

個人的メモ:ゲームとは、意味のないものに意味を与える行為とも言えそうな気がしました。ゲーム参加者は、ゲームを楽しむとういう前提条件があり、それを信じているからこそ、ゲームが成立するという本書の考え方は、大切なポイントだと思います。
なぜゲームをするか?と言えば、楽しみたいから(楽しもうとする心構え)というのが執筆者たちの考えです。
その例として本書では、相手を倒したいのであれば銃を使えば良いが、そこに楽しみはあるんだろうか?という問いがでてきます。本書では、楽しみはないとしていますが、ふと個人て的に思ったのは、快楽殺人などはどうなんだろうなという疑念です。ホラー映画の見過ぎかもしれませんが、世の中には相手を殺すことで楽しみを感じる人間もいるという話です。まあ、重箱の隅をつつくような話をしても仕方がないですが、個人的にはちょっと違う考えを持っています。

また、本書の中で効率が悪いことは楽しいという話がでてきて、これは非常に面白い視点だなあと感じました。効率を良くしていくのが人類の歴史だとすれば、我々はどんどんつまらない世界を作り出そうとしているに他ならないからです(笑)
これは、個人的な感覚ですが、もしかすると人間の本質がその辺りにありそうな気もしました。

ちなみに私は、街を歩くのが結構好きで、珍しいお店を見つけるとうれしくなります。ただ、ガイドブックやGoogle先生を使えば、もっと効率的に見つけられるなあと松戸のラーメン店を探し歩いていた時に思いました。つまり、街を自分の足で歩いてお店を探すのは効率が悪いですが、とても楽しいということです。
ゲームにおいては、この効率の悪さというのは、もしかすると面白いゲームの要素として重要かもしれないと思ったりしました。

あと、以前に面白いとは何か?で、まだまだ考えていたのでここで合わせてメモ。
面白さの反対はつまらないです。つまらないを面白さがわからないと言うことはないでしょうか?
また、楽しさの反対は退屈です。退屈を楽しさがわからないとは言うことはあるでしょうか?
他者が楽しそうにしていることがわからないとうのはわかりますが、楽しさ自体がわからないという表現はないように思います。そう考えると、楽しさは状態を表す表現と言えそうです。

このように考えると、やはり面白さというのは、わかるorわからない、つまり、人間の理解が大きく関わっているようにも思います。

つまり、人間がゲームや遊びをする理由がこの辺りにあるのではないか?と個人的に考えています。

第10章「主要図式」

この章ではゲームデザインをするにあたってゲームの構成要素を形作る枠組みについて解説しています。図式(スキーマ)とは何かについて紹介後、主要図式としてルール、遊び、文化の3つを提示しています。内容としては、それぞれの細かな話ではなく、本書では今後、ゲームを3つの構成要素に分けて考えるという話です。具体例は少なく、概念的な話が多い章となっています。次章以降では、それぞれの図式について解説しており、その前段と考えてください。

キーワード:フレームワーク(枠組み)、図式(スキーマ)、ルール、遊び、文化

個人的メモ:この章は、今後の章を読むための準備なので、特に多くを語らずという感じではあります。ただ、個人的に気になったのは、ゲームの必須要素としてルールが共通しているという点です。これは前の章でゲームとは何か?を論じた際に先人たちの言葉をまとめるとルールが必須になっているということや、執筆者の方々もルールは重要と考えているからです。
個人的に、以前も書きましたが、達成目標だけが決まっているゲームもあるように思います。その達成目標のためにルールは無用というものです。そんなゲームがあるのでしょうか?
今、ふと思いついたのですが、どっちが先に駅に着くか競争しようぜ!というのはどうでしょうか。この時、始まる前にルールを決めることはあまりないでしょう。自転車に載っていれば、自転車で競争するでしょうし、自転車がなければ走るのかもしれません。バスがあったらバスを使うのかもしれません。いわゆるルールがない状態です。しかし、駅に着いた時にタクシーを使って、相手から何か言われることがあるかもしれません。
これは、ゲームでしょうか? それとも遊びでしょうか?
個人的にいろいろと考えた結果、これは遊びのような気がしてきました。
ここでルールができたらゲームになるのかを考えてみます。
交通機関は何を使っても良いというルールを加えてみましょう。
このとき、勝利したのは、お金持ちの方でした。これはゲームでしょうか? それとも遊びでしょうか?
なんとなくまだ遊びのような気もします。
それはルールがよくないからでしょうか?
ということは、つまらないルールのゲームはすべてゲームではなくなってしまいます。
ルール自体の面白さやゲーム自体の面白さは、やはりゲームの定義に入れるのは、ちょっと違う気がします。
ルールズ・オブ・プレイの執筆者も面白さを入れていません。個人的にもそれには同意です。
ちょっとまで全貌が個人的につかめていません。

そいういえば、本書の中に他人に強要された遊びはつまらないという話がでてきます。確かに、そうかもしれません。それは遊びというのは、自発的な行為であり、その目的も自発的に考える、または設定するからかもしれません。
しかし、ことゲームにおいては、製作者がいることから、目的が定められています。古今東西、目的がないゲームはあるでしょうか? それが自然発生的に定められることはあるでしょうか? ゲームを作っていて、神の啓示でゲームの目的が決まるでしょうか?
やはりゲームはゲーム製作者によって目的が定められたもののような気がしてきました。そして、それが遊びとの決定的な違いかもしれません。

現在のところ私がざっくりと考えている遊び、ゲームの定義をまとめるとこんな感じです。

遊びとは、自発的に目的を達成する行為

ゲームとは、定められた目的を達成する行為

ただ、これではまだ条件が足りないようにも思っています。もしくは、ゲームの細分化が必要なのかもしれません。

この辺りは、本書を読みつつさらに考えていこうと思っています。

ルールズ・オブ・プレイ(上) ゲームデザインの基礎

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